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Longing

おたくの雑記帳

担当増やします宣言

私はるこ。は2017年4月をもって、担当を伊野尾くんから薮くん・伊野尾くんの掛け持ちに変更することをここに宣言いたします。


今日言いたかったことは、これだけ。
2017年4月ってのは自分の中でのケジメとか現実の多忙さなど色々ある上で考えて決めました。これ以下ずらずら書いてはみましたが大して内容はなく、ここに至るまでのプロセスや気持ちをうだうだと書き散らかしているのが主です。
年末の大掃除に疲れたときなどに興味が湧いたら覗いてくれたりしたら嬉しいな……!



そもそも私がJUMPファンになったのは、2010年後半〜2011年ごろのことでした。「左目探偵EYE」の頃から見ていたのですが、初めてCDを買ったのは「OVER」のため「OVER出のJUMP担」と言ったほうが分かりやすいのでそう言うことにしています。
元は嵐ファンだったのですがそのときに嵐から徐々にJUMPに気持ちが移っていったのでJUMPファンになったころがはっきりしないように上、なんせ中学のころの話なのであまりよく覚えていないことも多いのですが、その頃から(今も変わらずに)伊野尾くんの顔がJUMPで1番好みだったことははっきり覚えています。嵐が好きで買い始めたアイドル誌をパラパラと捲りながら「あっこの人イケメン♡」って思ったくらい好きなので、個人的なジャニーズ内好きな顔ランキングでもかなり上位です。だって顔が1番好きだから興味を持ってのちに伊野尾担って言い始めたんですもの。
当時薮くんのことはどう思っていたか、正直こちらも覚えていませんが申し訳ないけどJUMPの顔の好みの順番で言ったら後ろから数えたほうが早い場所にいたと思います。ただ最年長でしっかり者かと思いきや抜けてたりよく分からない行動をとったり、かわいい人だな〜とは、思っていた気がしないでもない…。当時も興味は向いていたのかなぁ?まあそのころからBESTも好きだったし、薮くんの書く歌詞も割と好きでした。
ただそれから「(伊野尾担だけど)薮くんも割と好き」から進歩することはなく、2014年には一旦JUMPから離れてしまいました。まあ結局、無事にJUMP沼に戻ってきたんですけど。

私がJUMP沼に逆戻りしたのは2015年4月6日、その日はHey!Say!JUMPがV6と共に24時間テレビのメインパーソナリティーに決定した日でした。
伊野尾くんが黒髪パーマから茶髪マッシュになっていたことに少なからず衝撃は受けたものの当時と変わらず顔が好み。という理由で、再び私は伊野尾担になりました。
ここまで伊野尾くんに関して顔が好き顔が好きとしか言ってないのですが、私ちゃんと内面も好きですよ!?「内面[も]」とか言ってる時点でアレですが、やっぱり顔が好きで伊野尾担になったものの独特のゆるさとか、その割にちゃんと芯の通った考えを持っているところとか、ちゃんと好きです。
とはいえ顔が好きじゃなきゃ興味持たなかっただろうし、山田くんの名言「外面が好みじゃない人の内面を知ろうとは思わない」には全面同意。

薮くんを好きになっていったのは、それからです。歌声や仕草、ひとつひとつの言葉など、最初なんとなく目が離せなくなって、見れば見るほど薮くんの魅力もダメなところも見えてそれら全てが愛おしくなって、じわじわと侵食するように薮くんが心を占めていきました。薮くんのここが好き!これも好き!って言ってるうちに「私は伊野尾担です」は私の持ちネタになっていました(笑)
ただそれでも伊野尾くんが好きだったのは事実です。「担当は1人」という固定観念があったので「薮くんを好きになっちゃいけない」と思っていた時期もありました。Twitterで「薮くんが好き!」と呟いたあとに「伊野尾くんのこと全然話してない」と罪悪感を感じて、思い出しながら伊野尾くんのことを呟いたこともありました。なんやかんやで辛かったけど、薮くんに担降りするか?と聞かれたらやっぱり伊野尾くんが好きだったので、担降りはできないし…。
気持ちというのは揺れ動くもので常にイーブンな訳ではないのですが、薮くんに対する「好き」も伊野尾くんに対する「好き」もベクトルが違って比べることなどできず、どちらも私にとっては「1番好き」なのです。だからきっと、担降りしたら後悔する。けれど薮くんだって好きだから、「伊野尾担」の4文字は私にとってしがらみでした。
そのころ「担降りブログ」なるものをいろいろ読むようになり、そのときに見つけたのがこのブログでした。


このブログの中の「自分が掛け持ちを許せるのなら、掛け持ちでもいいのでは?」という一言で、なんだかすごく気持ちが楽になったのを覚えています。他グループ掛け持ちとグループ内掛け持ちの違いはあるものの、誰が1番かと聞かれても皆1番だというのも、それぞれ違う景色を見せてくれるから楽しいというのも、首が取れるほど頷くくらい、共感しました。
1番が2つあっちゃいけないなんて誰にも言われなかったけれど、1番はひとつじゃなきゃいけないと思い込んでしまったから、辛かった。○位タイって言葉もあるし、別に1人だけじゃなくてもいいんだ!と。

そしてその気持ちをさらに強めたのは、10月9日に参戦したコンサートでした。コンサート超最高で泣いた!って話は何度もしてたので私をフォローして下さっている方には耳タコだと思います(笑)
コンサートに参戦するに当たって、うちわもフォトセもポスターも薮くんと伊野尾くんの2人分(ファイルは集合)購入し、手作りうちわは「薮」「いのちゃん(普段はこんな呼び方しないからこっぱずかしかった)」とメッセージ2つを用意して、双眼鏡でどちらを追うかは最後の最後まで迷って、最終的にはその場での気持ちに任せることにしました。
実際どっちのほうが見てたかと問われると、それは多分薮くんですがそれはあまり重要ではなくて、コンサートに参戦して分かったのはやっぱり伊野尾くんも薮くんもそれぞれとても好きだということです。まあJUMPみんな好きなんですけどね?その中でも特別に好きなのはこの2人だと、分かったというか、分かっていたけど再確認したというか。


そうして2016年10月12日、私は一時的な担当なし宣言をしました。
掛け持ちをしたいけどこの気持ちは一時的なものではないか?2人を応援できるのか?そもそも財布は大丈夫か?等々、さまざまな不安があったのでどうやって応援していくのがいいか、それともやはり伊野尾くんだけ、や薮くんだけに絞った方がいいのか、いろいろと模索する期間を取ってみました。
その「担当なし」期間の2ヶ月半で分かったことは、

・気持ちのままに好きだと言えるのが楽だということ
・薮くんに対する「好き」はそう簡単になくなりそうもないこと
・自分の中でのルールを準備する必要があること
・やっぱり財布はスカスカだから、我慢しなければいけないことは多くなるということ
・「伊野尾担」というしがらみなしに薮くんも伊野尾くんも応援できるのが楽しいということ

この2ヶ月半、いろいろ悩んだりはしましたがやってみたら楽しいし、自分に合っている応援の仕方がなんとなく分かったような気がしました。どうせ趣味だから楽なのが1番だよね!という元からの楽観主義も手伝って、2人を応援するのはとっても楽しいです。
「自分の中でのルール」というのは、2人を同じように応援するために作ったルールです。露出の量や分野が違うので同じようにお金を出すことは難しいのですがせめて「コンサートのグッズは同じだけお金をかけたい」という気持ちがありました。
……が、昨日薮くんのファイルだけうっかり買っちゃったんですよね〜。あんまりビジュアルがよかったもんで。そのことに罪悪感がなくもないのですが、「欲しいものは(予算内でなら)欲しいままに買っても自分を許してあげる」のが1番楽かな、と思ったので許してあげることにしました(笑)
このルールブックはこれからも書き加えたり変更したりして作っていくつもりです。
懐は寒いですが、グループ内掛け持ちなので他グループとの掛け持ちのように単純に「かける2」になるわけではないですし。

そういうわけで、私は2017年4月から薮くん兼伊野尾くん担当となることとなりました。
ずいぶん長々と書いてしまいましたがここまで読んでくださった猛者はいるのでしょうか…。まあただの自己満足なので、読んでくださったところで何か得があるような話ではありませんが(笑)

このブログを公開する必要は別に無いんじゃないかと思ったのですが、私が悩んでいたときに助言をしてくださったフォロワーの皆様と、先ほど紹介させていただいたブログで「担当増やしましたブログがあったら読んでみたい」と仰っていた筆者のたむ様への感謝の気持ちとして残させていただきます。

ちなみに、4月に担当が2人になりますが実は既にアプリケーションソフトウェアの嫁(男声)が1人いるので、正確には私の気持ちは3人それぞれに向かっています。みんなそれぞれ1番好きで、1番愛おしいのです。
最後になってしまいましたがTwitterや時折ブログで騒がしいと思いますが、2017年もどうぞよろしくお願いいたしします。

12月31日 はるこ。